親の終活・完結編 ~Part3・療養型病院とは? 介護医療院とは?~

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実母が他界し、いろいろな手続きや、遺品の片づけを進めています。遺品は私自身に関係あるものも多く、なかなか時間がかかります。懐かしく思い出したり、はじめて知って驚いたりしながらの作業です。

前回は、老人ホームに入居していたころの記事を書きました。
今回は終末期を迎えるまでの経緯について書かせていただきたいと思います。

前回までの記事もどうぞご参考にご覧ください。

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少しずつ体調が悪化

外来を受診することに

大腿骨骨折と脳梗塞で要介護5の状態となり、老人ホームでお世話になっていた母でしたが、亡くなる1年ほど前から少しずつ体調が変化してきました。それは、劇的な変化ではなく、疲れやすい、以前ほど食欲がない、顔色が悪い、といった症状でした。

若い人であれば、病院でいろいろな検査をし、原因が見つかれば治療、となるところでしょう。

老人ホームでは、訪問医の先生の診察が月に2回あり、また緊急時にも随時診てくださいますが、詳しい検査のためには病院で外来を受診しなくてはなりません。

それで、病院で外来を受診するようにと、訪問医の先生が紹介状を書いてくださいました。前回の記事にも書きましたが、病院への付き添いは家族がしなくてはなりません。しかし、母は車椅子に長時間座っているのも難しく、体を支えてあげなくてはいけないような身体状態でした。トイレで用を足すことももちろん無理です。

また、誤嚥も起こしがちだったため、老人ホームでは、食事も飲み物もとろみをつけていただいていました。長時間かかると予想される外来受診で、食事や水分補給はどうすればよいのか?などの不安も生じました。

比較的元気な状態の方であっても、車椅子の人を連れて病院へ行くのは大変なことです。自分の荷物もありますし、ドアを手で開けなくてはならないとき、トイレの介助など。
ふだん介護を担当されていない方家族の方も、病院への付き添い手伝いが必要ないかなど、介護を担当されているご家族の方とのコミュニケーションをとっていただきたいと思います。

ヘルパーさんを探す

ほかの家族の協力も望めないため、老人ホーム入居中には何度か病院に同行してくださるヘルパーさんを探そうと、いくつかの事業者に相談したことがありました。もちろん自費の負担になります。結局、同行してくださる方は一度も見つかりませんでした。スポット利用に対応できるほどの人手に余裕がないのかもしれませんし、最近であればコロナの影響も考えられますが、たいへんそうなので断られたのかもしれません。

結局は、病院のほうに事前に連絡をして母の状況を伝え、ストレッチャーの準備など別途の対応をしていただけることになりました。

当日は朝に母が発熱してしまい、受診前にPCR検査を受けなければならないことに・・・外来の看護師長さん、介護タクシーの運転手さんと何度も電話でやりとりをして、到着時刻の調整を行いました。まずはPCR検査を受けて、その結果が出るまでに2時間くらい。陰性が判明してから外来を受診したり、検査を受けたりで、いちにちがかりになりました。

たまたまほかの予約が入っていなかったため、往復とも運転手さんには不確定な状況に対応していただくことができました。本当に助かりました。

確定診断がおりない

前述のような体の状況だったので、たとえば内視鏡のような体に負担がかかる検査はできませんでした。そのため、病名の確定診断はおりず、「〇〇の疑い」にとどまりました。高齢のため積極的な治療も難しく、延命措置もしないということになり、入院対象ではないということで、老人ホームに戻りました。

確定診断がおりないということは、たとえば「がん保険」など特定の病気に対する保険金がおりない、ホスピスに入所できないといった問題が生じる可能性がありますので、注意が必要です。
延命措置や終末期をどのように過ごすかについては、ご本人がお元気なうちに家族とよく相談し、できれば書面にしておくとスムーズです。このあたりについては、また改めて書きたいと思います。

救急搬送されて短期の入院

それから1か月経つか経たないうちに、老人ホームから救急車が依頼され、検査ととりあえずの処置のため入院することになりました。

これまでの入院と同じく、担当のケースワーカーさんに退院後の相談をしようと思い、入院して数日経ったころその旨を伝えました。すると、「もうこの病院でやることはないので、あと数日で退院予定、これまでいた老人ホームへ戻るように」と言われました。ほかの施設も検討したいと申し出ましたが、「老人ホームで対応できるはずなので、その必要はない」と言われ、追い出されるように退院し、また老人ホームに戻りました。

退院の日、病院へ母を迎えに行き(コロナ渦のため入院中の面会はできませんでした)、一目みて驚きました。表情が乏しく、言葉を発することもなく、入院時とは別人のように変化していました。短期間でこんなに変わるものかとショックでした。慣れない環境で心身ともに負担がかかったのかと思います。

入居していた老人ホームでは、訪問医で対応できない状況だと、上述のように外来受診を求められたり、救急搬送されたりしました。たとえば日曜日で訪問医との連絡が取れない場合など、ちょっとした異変でも救急搬送となり、入院せず帰されるということが、入居期間中に何回かありました。付き添いはもちろん家族がしなければなりませんでした。

もう老人ホームでの生活は難しいと判断せざるをえず、介護と医療の両方を看ていただける施設への移動を決心しました。

介護医療院へ移る

介護医療院とは?

介護医療院は、要介護高齢者の長期療養・生活のための施設です。
要介護者であって、主として長期にわたり療養が必要である者に対し、施設サービス計画に基づいて、療養上の管理、看護、医学的管理の下における介護および機能訓練その他必要な医療並びに日常生活上の世話を行うことを目的とする施設です。

介護医療院とは | 介護医療院公式サイト (mhlw.go.jp)

比較的、新しくできた種類の施設ですので、ご存じない方も多いかと思います。脳梗塞を患ったときから、次に母になにかあったら、介護医療院または療養型病院に移れるといいなと考えていました。

療養型病院、療養病床とは?

似たような施設に、療養型病院、療養病床などと呼ばれる施設があります。介護医療院と併設されていることも多いです。

これらの最も大きな違いは、介護医療院は介護保険が適用され、療養型病院・療養病床は医療保険が適応されるという点です。つまり、介護医療院は介護施設、療養型病院は医療施設です。そのため、負担金額や適用される制度が少々違ってくるという点には注意が必要です。また、提供を受けることができる医療の内容に違いがあり、「療養型病院」は医療区分2・3を対象としているのに対し、「介護医療院」では医療区分1が対象となります。

いずれも医療と介護を必要とする人のための施設であり、また病気を治療することが目的ではなく、症状を和らげながら日常生活を送る場であるという点は共通しています。

介護医療院へ移る

施設のケアマネージャーさんと、訪問医とで相談の機会をもち、「介護医療院」または「療養型病院」へ移ることを検討することになりました。

下の表のとおり、「介護医療院」とは、介護と医療の両方を診ていただける施設で、看取りにも対応しています。
高齢者対象の施設については、下記の記事もご参考にどうぞご覧ください。

私が近くの施設をいくつかピックアップし、施設間で入所の相談をやりとりしていただきました。
このあたりは、施設の方にお任せするほうがスムーズに進みます。
コロナ渦ということで見学はできませんでしたが、私が面談をして申し込みをし、待機者に入れていただくことができました。待機中に、私が濃厚接触者になったり、施設でクラスターが発生したりということがあり、申し込みをしてから2か月ほど経ってようやく、介護医療院へ入所できることになりました。

介護施設とはいっても、病院と同じような多床部屋でしたので、私物はほとんど必要なく、パジャマなどもレンタル品、最低限の準備で入所は完了しました。

最期のとき

介護医療院に移ってからも体力は落ちる一方で、3か月ほど経って、その施設の自分のベッドでおだやかに亡くなりました。看護師さんも介護職員の方も状況に慣れていてスムーズに対応していただき、慌ただしさもなく、やはり施設をうつっておいてよかったと思います。もう少し早く移れていれば、もっと良かったと思います。

事前にお願いをしていた葬儀屋さん(その話はまた改めて)に連絡をし、入所時に着ていた服と靴、入れ歯、時計、DVDとプレーヤーなど、紙袋2つ程度の私物を受け取って、あっけなく退所も完了でした。救急搬送時にいつも持ち歩いていた靴を渡されたことが、なんだかとても印象的でした。

次回予告

次回からは、母が亡くなって以降のこと、事前に準備していたことや、私自身が自分の終活に今後参考にしたいことなどについて書かせていただきたいと思っています。ゆっくりの更新になってしまうと思いますが、またよかったらご覧ください。

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